「初めてお会いしたときから好きでした、結婚してください!」


 これ、文面だけみたら女の子なら誰もが一度は夢見るような言葉だと思うんだ。諸事情により腹筋が割れ腕の筋肉が盛り上がり、重い剣を軽々と振り回せるような体になっちゃったあたしだって、ちょっと一瞬不覚にもクラっときた。
 しかも目の前にいるのは日本人のそれよりずっと深くて純粋な漆黒の髪に、甘さと憂いを半々に含んだような緑の瞳の、鼻梁もすっと通った彫りの深い――まあ、超絶美形男なわけですよ。身長も180後半、女性としてはかなり高めの(176センチだったと思う)あたしにも釣り合うぐらいの上玉。正直言って、この機会を逃したら二度と巡り会えないぐらいの極上物件だってことぐらい、あたしにもひしひしとわかる。ほら、あたし21歳なのに4年ほど前に彼氏に逃げられてから、そっち方面はからきしだし。
 でも、問題が一つ。
 目の前にいるこの男、実は正真正銘の魔王である。んでもってあたしはこいつを倒すためにはるばる日本からこの世界に召喚された勇者だったりする。んであたしの後ろには、呆気にとられてことの成り行きを見守っている勇者様ご一行の残りのメンバーがいる。
「・・・・・・は?」
 あたしはやっとのことで、驚きのあまりすっかすかになってしまった肺から空気を絞り出した。この声の冷たさだけ聞いてたら、やつじゃなくてあたしが魔王だ、冗談じゃなく。
 そんなドライアイス並みの冷たさを有したあたしの声にも挫けず、魔王はその無駄に整った美貌をあんまーく蕩かして言った。
「ですから、愛しているんです、貴女を」
 うわ、腰が砕けるからやめて本当に!
 必死の面もちで魔王から距離をとりつつ、あたしは頭の隅で考えた。

 ああ、もう、ほんとうに。

 いったいどうしてこうなった。


 最初はね、間違ってなかったと思うんですよ。過酷な受験競争を乗り越えて大学に入学し、GW中にセオリー通り五月病なのかスチューデント・アパシーなのかよくわからんものを発症していたあたしは、GW最終日「あああ学校行きたくないいい」と喚いていた最中にこの世界に召喚された。呆れかえった顔であたしの愚痴を聞き流していた高校一年生の弟と一緒に。眩い光に包まれて目を強く閉じた次の瞬間には異世界だったんだから、抵抗する間もなかったね!
 で、まぁ、異世界召喚もののセオリーとしては、主人公が何かの使命を帯びているか(世界を救う的な奴ね)と、貴人の結婚相手になるか、だよね。稀に手違いだとかで巻き込まれちゃって召喚された主人公が、異国の地でたくましく生き抜く話もあるけど、あたしはまさにそれだった。
 どうもね、あたしたち兄弟を召喚したプルプル国の王様は、勇者になる素質の高い弟を召喚したらしいんだ。で、あたしはその巻き添えをくらったというわけだ。お偉い神官様たちによれば、勇者たる資質の持ち主の大体の場所はわかりますが正確にどなたなのかはわかりませんうんぬん。ちょっとそれ聞いたときは、丁度手にしていた広辞苑でやつらの頭をひっぱたきそうになった。
 が。
 王様は事前調査を怠りまくったらしいと言うほかない。だってあたしの弟は、万年無気力症候群みたいなやつで、どんなことにも興味や関心を示さないんだから。あ、不思議なことに要領はいいから、結構いい高校に通っているんだけど。
 案の定事情を聞くなり弟は、全く関係のない世界の未来なんぞ知るか、と、勇者の使命を拒否した。
 慌てたのはプルプル国のお偉いさん方で、煽てたり脅したり果ては泣きついたりして弟を説得しようとしたんだけど、そんなんで動くような弟じゃあない。周りの阿鼻叫喚なんて歯牙にもかけず、いつもどおりのポーカーフェイスで、衣食住は保証されそうだとあたしに言って寄越した。あたしも保証する、こいつは将来大物になる。
 あたしはその阿鼻叫喚の様子を傍観してた。そりゃあ退屈じゃなさそうな非日常の気配にわくわくしてなかったといったら嘘になるけど、自分が行けないなら意味がない。
 てなわけでぼうっとしてたあたしに、ふと声がかかった。みればこの国の相当高位の神官とかいうひとで(あたしが危うく殴りそうになった内のひとりだ)、そのひとが言うには、
「王、この方、勇者殿と引けを取らない光をおもちです」
 血縁だからか知らないけど、勇者としての資質(光って呼ばれてる。これについては、後でもう少し詳しく説明したい)はあたしの方も持ち合わせていたらしい。さっきも言った気がするけど、どうも世界をまたぐと、勇者がいる大まかな位置しかわからないらしい。しかも、勇者の位置がわかっても、光の強さで特定するもんだから、たとえ勇者の資質――光を持つ者が複数同じ場所にいたとしても、召喚してみるまではわからない。で、召喚魔法は、この国の魔術師全員で力を合わせてやっと発動できるくらいの高度な魔法だそうで、それゆえ失敗するくらいならと姉弟まとめて召喚した。まさかふたりとも勇者の資質があるなんて思わないから、一見強そうな弟を勇者だと思いこんだんだそうだ。
 同じ程度の素質を持ち合わせているなら問題なかろうと、あれよあれよという間に出発準備が整えられ、弟の代わりにあたしが勇者として出発することになった。あたしは一見気のないふりをしていたけど、内心では大乗気だった。だって勇者だよ! 日本じゃ絶対に使えない魔法が使えちゃったりするんだよ?
 こうしてあたしは、プルプル国を旅立ち、いざ、世界を救う旅にでたのである。弟? 意外と役に立つからね、秘蔵のネタを使っておど……いやいや説得してつれてきましたよ。お偉いさん方、誰かに何かをさせたいならちゃんとネタを押さえておかないと。


 青じゃなくて黄色のスライムを王様からもらった鋼の剣でちょいちょいとつつくことから始まり(うっかり強すぎる敵にでくわして間一髪で弟のテレポートで逃げ出したこともあった)、ギガスラッシュみたいな剣技を習得したり、RPGで言うところのギラやブリザドから始まって、メラゾーマとかアルテマみたいな高位魔法も習得して、どんどん強くなってくのは純粋に快感だった。弟は弟で雑魚モンスターを高位魔法で殲滅していくことに無上の喜びを見いだしたらしく、逃げまどうスライムの背中に躊躇なく火炎魔法を打ち込んだりしていた。まぁ、スライムといっても、ドラクエのぷるぷるしたつぶらな瞳のかわいいやつじゃなくて、顔のないゼリー状のモンスターで、隙さえあれば罪なき一般庶民の顔に張り付いて窒息させ精気を奪っていくような奴だから、殲滅したところで問題なかろう。
 あ、なんで平和な現代日本で生まれ育ったかよわき女性であるあたしが、普通に魔物相手に戦えちゃうかというとですね、これもさっきの光が関係してくるんだな。勇者の素質、つまり光が、この世界では戦闘能力の高さに直結してくるんだ。ついでにいうと、この光って言うのは精神力の強さらしい。つまり性別も年齢も関係なく、精神が強靱なものほどこの国では高い戦闘能力を発揮できる。習得できる剣技や魔法の強さは、もろ光の強さに比例する。
 まぁでもね、人生そんなに上手い話ばかりが転がっているわけもなくて、さ。光が強いおかげで強い魔法連発とかもできるんだけど、戦闘が終わった後、反動がイヤーな感じで体にでるんだよね。うっかりすると腕が動かなくなってたり。
 だから、光だけ強いと体の限界がわからず酷使することもあり、へたすりゃ精神が肉体から乖離するんだと聞いてから、ちゃんと体も鍛えていった。受験でちょっとばかり突き出た腹をどうにかしたかったこともあったから、あたしはまじめに腹筋や背筋スクワット等々、肉体強化メニューもこなしていった。その結果が前にも言った割れた腹筋や盛り上がった腕の筋肉なんだが。後悔はしていない。ほんとうに肥りにくい体になったから、スイーツをおなかいっぱい食べられるしね!
 仲間も増えた。しばらくは攻撃魔法ばかり好む弟と二人で旅をしていたんだけど、断崖絶壁に囲まれた魔王城にたどり着くために、ドラゴンを仲間にする必要があった。それで目指した雪の国にいた王女様、リュシャ姫が、あたしたちの旅の目的に感動したとか何とかでついてきた。絵に描いたような高飛車自己中心のお姫様で、よほど追い返そうかとも思ったけど、貴重な回復要員であることが判明したので、まぁ、同行していたりする。
 あと、三人でドラゴンに乗っていたときに、悪天候に巻き込まれて不時着した樹海で、みごとなまでに自然と調和した原始人ライフを満喫していた男の子、イオルと出会って付いてきてもらったりしている。ぶっちゃけ弟より腕っ節が強いから頼りになるんだこのこ。ちょっと幼いのが難点だけど、それぐらいはね。
 金はどうしていたかというとですね、流石に倒したモンスターが親切にお金を落としてくれるようなことはなかったんだけど、モンスターを倒すと、宝石、ルビーとかサファイアとかだね、が手に入るから、それを売り払って装備の充実に充てていた。
 この世界のモンスターには核というものが存在していて、まぁ人間で言う心臓に当たるものなんだけど、これがきらきらして綺麗なので珍重されるんだよね。勿論全ての魔物から核が手に入るわけじゃなくて、スライムとか、後高位の魔物とかは、核ごと打ち抜かないと再生しちゃったりするから、そういう魔物の核は手に入らない。一度でっかい鳥の魔物を倒したときに、鶏卵ほどの大きさの見事なサファイアを手に入れたことがあって、お姫さまがどうしても欲しいって駄々をこねたんだけど、宝石になんて微塵も興味を示さないイオル君が、パーって売ってきてくれたので、それで貧相だった装備を整えられたことがある。お姫さまは不満たらたらだったけど!


 まあそんなこんなで辿り着いた魔王城。断崖絶壁に囲まれたそこに、ドラゴンに乗って飛来したあたしたちは、まず回復アイテムが一式揃っていることを確かめ、念入りに装備をチェックしてから、魔王城に乗り込んだ。
 魔王城に入ってから気になったことがあった。今までと比べて、やけに雑魚モンスターが少なかったのだ。ケルベロスだったか、三つの頭を持つ巨大な犬とでくわしたときには、主にリュシャ姫が打たれ弱いせいでかなりてこずったけど、それだけだった。そいつを倒すと、背後に純金と見まがうばかりのなんともきらきらしい扉が出現したので、念入りに回復をした後、あたしたちは扉の向こうへと足を踏み入れた。
 だだっ広い、薄暗い空間。普段だったら絶対に足を踏み入れないようなそこ。
「あれ、魔王は?」
 あたしは怪訝に思い辺りを見回した。王城でいう玉座みたいな、艶のある天鵞絨で覆われた椅子はあるんだけど、肝心の魔王の姿が見当たらない。
「姉貴、椅子のほうから何か聞こえないか?」
「え? あ、ほんとだ」
 音を頼りに階段を一段一段登り、最上段にある椅子を覗き込む。
そしてあたしは、文字通り、絶句した。
「あーねーきー?」
そこにいたのは、何とも、母性愛のみならず父性愛もこよなくくすぐってくれそうな容姿の、かわいらしい、……赤ん坊だったのである。
「は?」
 思わず再度辺りを見回すが、流石に高いところからだと広間の様子が良く分かる。あたしたちのほかにこの広間にいるのは、この赤ん坊だけだ。
「……なんか、赤ん坊がいる。これが、魔王みたい」
「は? 姉貴そんな、」
 予想外の事態にさすがの弟も戸惑ったらしく、目を白黒させる。イオル君も困惑気味だ。うん、イオル君、意外と騎士っぽいというか、正義を重んじるようなところがあるから、赤ん坊にいきなり襲い掛かるのは気が咎めるんだろう。
 そんな矢先、鬼のような言葉が聞こえた。
「さあ、一気に片づけますわよ。そうして城に戻り、ユート様と結婚ですわ」
「いや、まだ俺同意してないから」
 まったく動じずに突っ込みを入れる弟に、ちょっと賛辞を贈りたくなった。……ていうかリュシャ姫、ついてきたのって悠翔に惚れてたからですか。
 一瞬呆気に取られかけたけど、あたしはすぅっと息を吸い込み、みんなを見渡して言った。
「提案があるんだけど、皆聞いてくれるかな」
 しん、と静かになった広間。やっぱりあたしは勇者だから、あたしの言うことには皆一目置いてくれる。
 その肩書きをもってしても、なかなか受け入れてもらえないだろうことを言い出すという自覚はあった。でも、これだけは譲れない。
「あたしは、この魔王を倒す気はない」
「なぜですの!?」
 ほら、リュシャ姫が叫ぶ。あたしだって、理由も言わずに従ってもらえるとは思ってないよ。
「悠翔、勇者って言うのは、いわば正義の象徴だよね」
「ああ、俺もそうだと思う」
「だとしたら、さ。悪を挫き、正義を助くから、みんながあたしたちによくしてくれたわけじゃん。あたしたちが正義に則って世界の平和を取り戻すことを願って。でもさ、違うよね。こんな何にもできないような赤ん坊をいたぶった挙句に殺すのは、正義じゃないよね。ここでこのこを殺したら、あたしたちはもう勇者様ご一行じゃない。ただの悪者だ」
「でも、わたくしたちは魔王を倒すためにここまでやってきたんですわ! それなのに……」
「それが、勇者としてのあたしたちのアイデンティティを根底から覆すことになるって言ってんの」
「大学受験の弊害か……? 姉貴、現代文にでてくるような小難しい語彙ばっかり並べ立ててるぞ」
「うるさいよ」
 ひと睨みすると、弟は、軽く肩を竦めて言った。
「イオル、魔族っていうのは成長するのか?」
「え? うーん、六年もあれば成体になると思うけど」
「じゃあ、いーんじゃないの、魔王が成長しきってからでも。姉貴、言い出したらぜってー覆さないよ。無駄に男らしいから」
「僕も僕より小さいものをいじめるのはいやだな」
「だとよ、リュシャ姫」
「……むぅぅぅう。ユート様がそうおっしゃるなら」
 お姫さまが納得するまで少し時間がかかったけど、こうしてあたしたちは、一旦魔王城を後にした。


「そういや、魔王は千年ごとに代替わりするって話を、何処かの村で聞いたな。さすがに今がその代替わりの時期だとは思わなかったが。やけに魔王城にモンスターが少なかったのも、そのせいか。オーサマも、最近は特に魔物が少ないとか言ってたし」
 とりあえず一泊することになった、魔王城に一番近い街の宿で、弟がぼやく。
「要するに、六年後にまた魔王城に向かえばいいのか?」
「ですが魔のたぐいは種類によってはとても成長が早く、三年、はさすがに聞いたことがありませんが、四年ほどで成長しきることもあるそうですわ」
「じゃあ、一応三年後の今日、この宿に集まることにしよっか」
「うん」
「ああ」
「ユート様、そのあいだにわたくしの別荘にいらっしゃいません?」
「……いや、遠慮しとく」
 

 で、やってきました三年後。リュシャ姫がいっそう尊大になり、イオル君が結構いい男、ごふん、になった以外は殆ど変化のない勇者パーティは、揃って魔王城を目指した。
 因みに魔王討伐を延期したことで、各国のお偉いさんからは猛烈なブーイングを喰らったんだけど、弟がいい感じに言いくるめてくれたのであたしの言い分が通ったりしている。
 さすがにあたしも21歳だし、さっくり魔王を倒して日本でまったり過ごしたいなぁとか思いながら広間に向かったあたしは、扉が開いたと同時に何か大きい物に飛びつかれて、硬直した。
「ああ、やっと貴女にお会いすることができた」
 え、イッタイナンノコトデスカ。
 一切の思考が停止したあたしは、そのまま抱きすくめられ、甘い言葉を耳元で囁かれた。
「初めてお会いしたときから好きでした!」


「……は?」
 たっぷりの沈黙の後、あたしが絞り出せたのはたったこれだけ。だけど、魔王はこれだけの言葉にも嬉しそうな笑みを浮かべて、あたしをますますきつく抱きしめた。因みにこいつが魔王であることは疑う余地がない。だって赤ん坊のときと色彩が全く変わってない。
「ですから、愛しているんです、貴女を」
「えーと、うん、まず落ち着こうか」
「わたしは頗る落ち着いています」
「いやいやいやいや。だっておかしいでしょ、あんた魔王だよね?」
「ええ、そうです」
「で、あたしが誰かも」
「勇者殿ですよね? はるばる異なる世界からお越しになった」
「分かってるなら話は早い。魔王のあんたが、なにがどうなって勇者のあたしに求婚なんてことになるんだ!」
 自分のペースを取り戻したかったこともあり、ついつい大声を出してしまったあたしに、魔王は鷹揚に微笑んだ。
「話せば長くなりますが、……三年前、わたしはまだ幼体で、魔王としての実力を殆ど発揮できない姿でおりました。けれども、わたしに害を為しにやってくるものを排除する程度の力は、持ち合わせていたのです」
 ということは、躊躇せずに魔王に襲い掛かっても何の問題もなかったわけか。くそぅ、あのときのあたしを殴りたい。四人でかかれば倒せないこともなかっただろうし。
「勇者が近づいてくることも感知しておりましたから、貴女が城に乗り込んできたあの日、わたしは勇者一行と対決するつもりでおりました。けれど、貴女は、わたしの人間に関する膨大な知識を全て覆してしまった」
 なんか、魔王の背後に薔薇が散っている気がするのはあたしの気のせいか。魔王はあたしの両手を取ると、熱を籠めて語りだした。
「幼子を殺すわけにはいかないと、正義を説かれたあなたは、身勝手なはずの人間でありながら、とても美しいものに見えました。生まれて間も無かったわたしに、貴女はとても凛々しく麗しく、輝いて見えた。ですからわたしは、貴女を、貴女が愛するものを壊す気には、とてもなれなかったのです」
 もしかしてあたし、知らないうちに世界救ってた? ぐっじょぶあたし! ……とか考えてしまったのは、やっぱり現実逃避なのかな。うん、あたしがいる限り、この世界が安泰そうだというのはとっても喜ばしいんだけど、て、ことはさ。
「わたしは成体になれるこの日を、心待ちにしておりました。貴女にお会いしにいこうと思っていた矢先に、貴女がいらしてくださり、ほんとうに嬉しいです。どうか、この城でいつまでもわたしと共に暮らしてください」
 そう言った魔王の言葉が余りに真摯だったので、あたしはうっかり、魔王の顔をまじまじと見てしまった。つやのある黒髪に、睫毛も長くて、顔もこれ以上ないほど整っている。しかもいわゆる魔王的風貌じゃなくて、どこか温かみを感じさせるような容姿だ。そのうえあたしを心から慕ってくれてるらしいし、イケメンなのに自分の容貌を鼻にかけたところがないし、大事にしてくれそうだし。
 ……いやいやいやいやいや、ここで陥落するわけにはいかんのですよ! だって魔王と結婚したら間違いなく永住フラグたつよね!? ぶっちゃけ日本に残してきた家族とかどうでもいいけど、長年追っかけしてるあの歌手のCDとかこの作家のラノベとか読めなくなるのはきつすぎます! 無理! だって、帰ったらいない間に一挙にでているであろうそれらを一気に味わうことだけを楽しみに、グロテスクな怪物どもとやり合ってきたんだから!
「なんかうまくまとまりそうだな」
「ユート様、止めなくていいの?」
「だって魔王のあれが演技だとしたら、姉貴の思考が停止しているあいだに攻撃してきただろうし。今だって俺たちアウトオブ眼中だし。だったら馬に蹴られないようにそっとしとくのが弟ってもんだろ」
「でしたらユート様とわたくしも……」
「いやだから俺日本に彼女いるんだけど」
 おいこら勇者のライフゲージがバラ色だぞ誰かべホマを! この際ケアルでもいい! 弟はともかく頼みの綱のイオル君まで生あったかい笑みを浮かべてこっちを見ているのはどういうことだ!
 そうこうしているあいだにも魔王はあたしの手を握って甘い言葉を囁き続けているもんだから、あたしの精神は崩壊寸前だ。ああ、もう!

「いやだから結婚するわけにはいかないんだって!」

 そう言いつつ、自分より年下の若造に、あとすこしで四半世紀を迎えようとしているあたしの心臓が跳ねまくってるなんて認めない! この笑顔が拝めるなら永住してもいいかななんて断じて思ってない!

 ああ、もう、ほんとうに。

 いったいどうしてこうなった!





NOVEL
copyright@ Mitsuki Minato 2011- Since 2011.10.22.